学校での暴力(1)知識教育以上に大切な人間教育

学校での暴力は、今も教育現場と社会の深刻な問題です。そのあり方は一層複雑化、巧妙化しており、特にソーシャルメディア上のネットいじめは多くの課題を突きつけています。根本的な解決には、学校、家庭、社会が力を合わせて取り組む必要があります。

学校での暴力がなくならないことは痛ましい問題であり、その様子がソーシャルメディアで拡散されると、不安はさらに大きくなります。

学校での暴力事件の様子です。

このところ、学校での暴力をめぐる極めて重大な事件が数多く発生し、痛ましい結果を招いたことが報道されています。懸念されるのは、授業時間外に起きた事件でも、校内の対立が発端となっているものが少なくないことです。

タインホア省で12年生の男子生徒が放課後に下級生の男子生徒に刺されて死亡し、社会に大きな衝撃を与えた事件は、今も記憶に残っています。具体的には、2025年10月17日の昼、5時限目の授業が終わった後、L.Q.H.さん(2008年生まれ)は、クアンビン社のスアン・ハー給油所でP.T.B.N.さん(2009年生まれ)と会う約束をしました。その後、両者はもみ合いとなり、殴り合いに発展しました。VOVの報道によりますと、その最中に11年生の生徒が携帯していた刃物を取り出し、12年生の男子生徒の顔と胸を刺しました。被害者はその場で倒れ、救急搬送されましたが、助かりませんでした。

ハティン省では、9年生の男子生徒が暴行を受け、1か月以上の治療の末に死亡した事件もありました。2025年9月24日午前11時25分ごろ、下校後に、ミン・ラック中学校のN.K.M.さん(9年B組)、T.Q.H.さん(9年D組)、V.Q.A.さん(9年B組)の3人と、カムスエン職業教育・継続教育センターの11年生であるL.V.P.さん(2007年生まれ、カムラック社クアンチュン1集落在住)との間で、もみ合いや殴り合いが起きました。その結果、N.K.M.さんはL.V.P.さんに頭を殴られ、脳損傷を伴う頭部外傷を負いました。緊急手術後、M.さんはハティン省総合病院で10月8日まで治療を続け、その後、中央小児病院へ転院しました。M.さんは10月30日、中央小児病院で亡くなりました。

2025年11月30日、ホーチミン市の旧12区にある学校の門前で、2人の女子生徒が同校の生徒3人から激しい暴行を受ける様子を撮影した動画が、ソーシャルメディアで拡散されました。動画には、下校時に裏門で同校の女子生徒3人に行く手を阻まれ、髪をつかまれて地面に押し倒され、頭部や腹部を手で殴られたり、足で蹴られたりする2人の姿が映っています。被害を受けた2人は、頭を抱えて耐えることしかできませんでした。暴行を受けている間、下校中の多くの生徒がその様子を目撃しましたが、制止に踏み出す人はいませんでした。

ルオン・テー・ヴィン中学・高等学校(ハノイ市)のヴァン・トゥイ・ズオン副校長は、教育管理者の立場から政府電子新聞の取材に応じ、学校での暴力がなくならないことは痛ましい問題だと述べました。特に、多くの動画がソーシャルメディアで拡散されることで、この問題は一層大きな不安を引き起こしています。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏は、「原因には、注目すべき点がいくつかあると思います。まず、子どもたちは成長期にあり、身体面でも心理・生理面でも大きく変化する時期です。家庭や学校のきめ細かな関わりが欠けると、適切な時期に行動を正し、支援し、介入することができず、痛ましい事態を招く場合があります」と述べました。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏によりますと、一部の生徒については、スマートフォンを使ったソーシャルメディアやインターネットへのアクセスの管理が放置されています。成長途上にある子どもが、好奇心から暴力を賛美するウェブサイトやソーシャルメディアのアカウントにアクセスした場合、その結果は計り知れません。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏は、現在は以前のように労働を体験できる場が不足していることにも注意を促しました。そのため、子どもたちは自分を鍛えて成長する機会を持てず、授業以外の時間はスマートフォンを手にしてソーシャルメディアを見るだけになっています。

ルオン・テー・ヴィン中学・高等学校のヴァン・トゥイ・ズオン副校長です。

「体には痕跡を残さなくても、子どもの心に長く深い傷を残す被害があります」

ヴァン・トゥイ・ズオン氏によりますと、学校での暴力は、平手打ちや殴打、けんかだけではありません。体には痕跡を残さなくても、子どもの心に長く深い傷を残す被害があります。容姿を繰り返しからかう、侮辱する、脅す、仲間から一人を孤立させる、悪いうわさを流す、本人の姿を撮影してソーシャルメディアで拡散する、あるいは意図的にその生徒に自分は受け入れられていないと感じさせるといった行為も含まれます。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏は、「こうした暴力は身体的な暴力よりも見つけにくいことが多いため、私は特に注意を払っています。殴られた生徒の傷は目に見えます。しかし、仲間外れにされ、毎日からかわれ、あるいはネット上で数十人から攻撃されている生徒の場合、その内面で何が起きているのか、大人にはすぐには分からないことがあります。そのため、ルオン・テー・ヴィン校は2006年にはすでに、『Facebook利用時の禁止事項』という形でFacebookの利用指針を公表しました」と述べました。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏は、危険なのは、被害者本人も声を上げないことがある点だと考えています。子どもたちは、親を心配させることや教師を恐れたり、友達に避けられることを心配したり、あるいは単に、そのうちこのことも過ぎ去ると思っている場合があります。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏は、「ですから私にとって、暴力を防ぐ教育は、生徒の殴り合いを止めるだけでは十分ではありません。一言の言葉でも人を傷つけ、一度のクリックでも暴力になり得ることを、子どもたちに教えなければなりません」との考えを示しました。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏は、ルオン・テー・ヴィン中学・高等学校での実践を踏まえ、学校は常に、生徒たちに、自分には尊重される権利があり、同時に他者を尊重する責任もあることを理解してほしいと考えていると述べました。生徒が問題に直面したときに重要なのは、「誰が悪く、誰が正しいか」を見極めることだけではありません。何が起きたのか、なぜ起きたのか、同じことを繰り返さないためにはどうすればよいのかを、子どもたちが理解できるようにする必要があります。教育の最終目標は、子どもに罰を恐れさせることではなく、大人がそばにいないときでも自分の行動をコントロールできる力を育てることだからです。

子どもに自らの行動への責任を自覚させます。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏によりますと、ルオン・テー・ヴィン校の創立時から、教育者のヴァン・ニュー・クオン氏は、学校の目標は知識を教えることだけではなく、それ以上に重要なのは人間教育を行い、生徒を良識ある人に育てることだと定めていました。その実現に向け、学校は、生徒が規律ある生活習慣を身に付けられるよう、非常に具体的な規則を設けています。同校の生徒は常に、「規律こそ自由」という考えを理解し、深く心に刻んでいます。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏は、学校の規則の例として、あらゆる形態のたばこの使用を全面的に禁止していることや、学習に100%集中できるよう在校中の携帯電話の使用を禁止していることを挙げました。また、時間を守ること、個人の衛生に気を配り、教室や学校を清潔に保つこと、学校での暴力を認めないことも定めています。ここでいう暴力には、けんかだけでなく、ソーシャルメディア上で互いの悪口を言うことや、仲間を集めて他の生徒を孤立させることも含まれます。ルオン・テー・ヴィン校は、「Facebook利用時の禁止事項」など、ソーシャルメディアの利用に関する規則を最初に定めた学校でもあります。このような厳しい規律のある環境によって、多くの生徒が良い方向に変わりました。

ルオン・テー・ヴィン中学・高等学校での実際の経験について、ヴァン・トゥイ・ズオン氏は、教育と学習の質に加え、規律ある生活習慣が、保護者が子どもを託す学校を選ぶ際の優先事項になっていると述べました。

また、同校の教員は生徒の指導・管理に細心の注意を払い、起こり得る事態や生徒の心理状態を早期に把握して、適切な時期に行動を正せるようにしています。子どもに自らの行動への責任を自覚させることは、教員が常に重視している点です。

一部の学校が評判を守るために問題を隠している可能性があり、その結果、暴力を振るう側が処分を恐れなくなり、被害者が傷ついて信頼を失い、学校での暴力がますます広がっているという懸念について、ヴァン・トゥイ・ズオン氏は、深く考えるべき問題だと述べました。

しかし、ヴァン・トゥイ・ズオン氏によりますと、事件ごとに状況や深刻さが異なるため、全てのケースを「学校が評判を守るために隠蔽している」と決めつけるべきではありません。より重要なのは、学校の信用は問題を隠すことでは築けないという一つの原則について、認識を一致させることです。

ズオン氏によりますと、学校には過ちを犯す生徒がいることも、対立が生じることも、さらには非常に痛ましい事件が起きることもあります。それだけで学校が失敗したことにはなりません。しかし、問題を発見しても意図的に見過ごし、被害者を守らず、暴力を振るった生徒が自分の行動を理解して責任を負うための支援をしないことこそ、懸念すべき事態です。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏は、「事件が起きたとき、学校が最初にすべきことは、生徒の安全と正当な権利・利益を守ることだと思います。その上で、客観的に事実を確認し、適切な対応を取らなければなりません。暴力を振るった生徒には厳しく接する必要があります。しかし、厳しさとは、ただ重い罰を探すことではありません。重要なのは、自分の行動には結果が伴い、責任を負わなければならないことを理解させるとともに、過ちを正す機会を与えることです。一方、被害者が必要としているのは、謝罪の言葉や処分の決定だけではありません。大人が自分の存在に気付き、自分を信じ、守ってくれると感じられることが必要です」と述べました。

教育の透明性には責任が伴わなければなりません。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏は、教育の透明性には責任が伴わなければならないと考えています。透明性とは、子どもに関わる全ての事件をソーシャルメディアに投稿したり、子どもの身元を公表したりすることではありません。子どものプライバシーは守られる必要があります。透明性とは、まず事実に誠実であること、被害者に責任ある対応をすること、過ちを犯した側にも公平であること、そして再発防止に真剣に取り組むことです。これらの取り組みは、ルオン・テー・ヴィン校が信用と教育の質を最も持続的に守る方法でもあります。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏によりますと、学校での暴力を防ぎ、減らしていくためには、まず生徒の教育において家庭と学校が緊密に連携する必要があります。大人が模範を示すこと以上に効果的な教育方法はありません。保護者や教師が遅刻し、子どもや生徒と会話し、交流するよりも「スマートフォン依存」に陥っているようでは、また、大人が下品な言葉や罵声を浴びせ、他人を殴ったり蹴ったりしているようでは、そうした光景を毎日見せられている子どもへのあらゆる教育的な働きかけは効果を失います。

同時に、保護者も学校と協力し、子どもが携帯電話でインターネットやソーシャルメディアを利用する際の管理を行う必要があります。また、子どもの学習や生活態度について、学級担任や学校と日頃から情報交換し、適切な時期に修正や指導ができるようにしなければなりません。

違反した生徒には、程度に応じた制裁や処分を継続して適用します。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏は特に、違反した生徒に対し、程度に応じた制裁や処分を継続して適用することを強調しました。その実施は厳格でなければならず、家庭や社会の合意と支持も必要です。健全な教育環境と教師の尊厳を守ってこそ、生徒を学校での暴力から守ることができます。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏は、子どもは教育を取り巻く環境全体の中で育まれると考えています。家庭は、子どもに愛情の示し方や人との接し方を初めて教える場です。学校は、規律、責任、地域社会の中での生き方を身に付けるのを助ける場です。法律と行政機関は、必要なルールと保護の仕組みをつくります。その中でも、学校と家庭が最も主体的に取り組まなければなりません。

保護者は、「今日は何点でしたか」と尋ねるだけでなく、「今日は楽しかったですか」「友達と何かありましたか」「誰かに傷つけられましたか」、さらには「今日は誰かを悲しませましたか」とも尋ね、子どもに関心を向ける必要があります。

学校も、規則だけで教育を行うことはできません。感情をコントロールすること、相手を侮辱せずに議論すること、意見の対立を解決すること、必要なときに支援を求めることなど、他者と共に生きる力を子どもに教えなければなりません。

また、法律と行政機関は、十分に明確で厳格かつ実情に合った、子どもを守るための枠組みを整える上で非常に重要な役割を果たします。特に、子どもがインターネット上で多くの時間を過ごしている現在、その役割は重要です。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏によりますと、子どもが暴力の被害者や加害者になってから教育を始めるのでは遅すぎます。教育は、友達への話し方、断られたときの反応、意見の対立の解決方法、携帯電話やソーシャルメディアの使い方といった、ごく身近で小さなことから始めなければなりません。

ズオン氏は、「子どもたちに良識を持つよう求めるだけでは、良識ある若い世代を育てることはできません。大人は、良識ある行動が目に見え、尊重され、毎日実践される環境をつくらなければなりません」と強調しました。

ルオン・テー・ヴィン校は、規律、責任、思いやりを、同時に育まれるべき価値観として常に重視しています。子どもの成績が良くても、他者を尊重することができなければ、教育が成功したとはまだ言えないからです。

ヴァン・トゥイ・ズオン氏は、学校の最終目標は、生徒に良い成績表を持たせることだけではなく、能力と責任感を備え、地域社会の人々に良識を持って接することのできる人間へと育てることだと考えています。